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『幽霊たち』 ポール・オースター

柴田元幸・訳、新潮社、1,500円(文庫版400円)

 

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書くことと監視することは似ている。どちらも自分を闇にひそませ、空っぽにし、対象に注意を集中する。

書くことと監視することは似ている。人生のすべてを書くことや監視することに捧げてしまうとき……わたしたちは自分自身の人生を失う危険にさらされている。

 

「書くというのは孤独な作業だ。それは生活をおおいつくしてしまう。ある意味で、作家には自分の人生がないとも言える。そこにいるときでも、本当はそこにいないんだ」

 

 

最初はいつでもやめられる、そう思っている。

すべてを自分がコントロールしていると思っている。

それが幻想なのだと気づいたとき――すべてはもう、手遅れになっている。

 

「現在は過去に劣らず暗く、その神秘は未来にひそむ何ものにも匹敵する」

「知識は緩慢にしかやって来ない。そしていよいよやって来たときには、しばしば大きな個人的犠牲を伴うのである」

 

 

物語の構成は、『シティ・オブ・グラス』とほとんど同じだと言っていい。

探偵のブルーは、依頼人のホワイトに、ブラックという人物を監視してほしいと頼まれる。ブルーはブラックを監視しつづけるが、そのことに自分の時間のほとんどすべてを費やしてしまい、いつしか自分の人生を失いはじめる。

 

「彼にとって、幸福になるチャンスが少しでもあったにせよ、それももうこれですべて失われてしまったのだ。だとすれば、こう言っておそらく誤りではあるまい。これはまさに終わりのはじまりなのだ」

 

 

『シティ・オブ・グラス』のクィンと同様、ブルーの判断も微妙に狂っている。憑かれている、と言ってもいい。この監視からおりることができないのだ。おそらくそのことにはじめからブルーは気づいていて、はじめから破滅する予感を抱いている。

 

というよりもむしろブルーは、望まない作者に選ばれた主人公なのかもしれない。探偵小説の主人公になろうとしていたのに、事件の起こらない小説の主人公に選ばれてしまった。

書かれている以上、そこから出ることはできない。

自由にはなれない。

 

「でもどうやってこの話から抜け出す? どうやってこの部屋から出る? 彼が部屋にとどまる限り、永遠に書きつづけられるであろう書物そのものであるこの部屋から?」

 

 

しかも主人公ブルーに与えられた仕事は、書き手であるブラックを監視することだ。まるで向かい合った二枚の鏡のように……ブラックは書き、ブルーは監視する。書くことと監視することは、たがいに無限に光線を反射しつづける。

永遠に。

 

 

「そして私は君を、私の死に仕立て上げた。君だけが、唯一変わらないものなんだ。すべてを裏返してしまうただ一つのものなんだ」

 

鏡を割ることでしか、この状況を打破することはできない。

ブルーは破滅するしかない。

完全に終わらせること。完全に破壊すること。

そうするしかこの物語から出て行くすべはない。

 

 

「この瞬間からあとのことは、我々は何ひとつ知らない」

 

『シティ・オブ・グラス』と同様に、この物語にも最後に「我々」が登場する。「我々」とは誰なのか。作者なのか、読者なのか、それともその両者なのか。ときどき介入するこの背後の人物が、この物語を不気味に監視している。

 

書くことと監視することは似ている。

そこには無限に広がる闇がある。

そしてきっと、誰もが自分自身を監視している。

誰もが闇を抱えて生きている。

 

 

 

March 22, 2001

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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