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『破滅者』 トーマス・ベルンハルト

岩下眞好・訳、音楽之友社、2,800円

 

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レコーディング技術というものがなかった時代、ピアノが弾ける人はいまよりずっと周囲に暖かく見守られていただろう。もしもレコードがなければ、グレン・グールドの弾くバッハのゴルトベルク変奏曲を聴くことなどなかっただろうし(わたしがその名を知ったとき、すでにグールドは亡くなっていた)、それどころか一度もバッハの曲を聴かずに一生をすごしてしまったかもしれない。

わたしたちはグレン・グールドを聴く、という恩恵に授かっている。

同時に、わたしたちはすべてのピアニストがグレン・グールドと比べられてしまう、という恐ろしい時代に生きている、とも言える。

 

 

『破滅者』の主要な登場人物は、三人。

グレン・グールド、ヴェルトハイマー、そして「私」。

三人ともザルツブルクのモーツァルテウムに、ホロヴィッツのもとでピアノを学ぶためにやってきた。やがて三人は一軒の家を借りてともに練習するようになる。だが、そこでヴェルトハイマーと「私」はグレンの演奏を目の当たりにし、決定的な打撃を受ける。そしてピアノのヴィルトゥオーゾになる、という目標を失う。

 

「グレン・グールドに知り合わなかったならば、私はきっとピアノをやめてはいなかっただろう」「ナンバー・ワンに出会ったときには、私たちは諦めるよりほかはない」

 

そしてその日からゆっくりとすべては崩壊し、ヴェルトハイマーと「私」はピアノを離れる。

「私」はシュタインウェイを田舎の教師の娘にくれてやる、というやり方で破壊し、「枯れ死」のプロセスに入っていく。

そしてヴェルトハイマーもまたベーゼンドルファーを競売にかけて処分し、ピアノを諦める。

 

 

けれど「私」とヴェルトハイマーのあいだには決定的な差がある。

なぜなら「私」はピアノのヴィルトゥオーゾになることを真に望んでいたわけではなかったからだ。「私」がピアノに向かったのは、家族への反抗心からだった。だからナンバー・ワンになれないとわかったとき、「私」はきっぱりとピアノを捨てることができた。

 

「自分はヴィルトゥオーゾというものに耐えられないのだということがわかったのだった。というのも私は、なににも増して聴衆というものが嫌いだったし、この聴衆というものに関連したすべてが嫌いだったのである」

 

そして聴衆にはじまって、他のピアノのヴィルトゥオーゾ、他のピアノを学ぶ学生、果てはピアノ教師にいたるまで、「私」はすべてを否定し、そういったものにならずにすんでよかった、と語る。

 

 

それに反してヴェルトハイマーは、きっぱりとピアノから離れてしまうことなどできない。ヴェルトハイマーは本当にピアノのヴィルトゥオーゾになりたかったのだ。

そんなヴェルトハイマーに「私」は言う。

 

「ピアノ芸術家というものは、天才に出会っても、自分が萎えてしまうほどに心を動かされてはいけないんだ」

 

けれどヴェルトハイマーはグレンと自分を比較せずにいられない。

 

そしてグレン・グールドの死の一年後、ヴェルトハイマーは首を吊って自殺する。しかも自分を置いて出て行った妹へのあてつけとして、わざわざスイスの妹夫妻の屋敷の近くで。

 

 

この小説は「私」がヴェルトハイマーの葬儀のあと、残されたメモを見るためにヴェルトハイマーのトライヒの屋敷に向かい、ディヒテルミューレの旅館に足を踏み入れたところからはじまっている。そこから旅館の女将が出てくる145ページまで、書かれているのは旅館の入り口に立ちつくしたままヴェルトハイマーとグレンと自分自身について考えつづける「私」の思考だけだ。

そしてようやく女将が現れたあとも、結局ヴェルトハイマーついて何か新たな事実が判明するわけではない。

 

ヴェルトハイマーは最初から破滅に向かって進んでいる。最後までその状況は変わらない。

 

「アメリカ・カナダ的率直さで、グレンは、ヴェルトハイマーをいつもウンターゲーアー、破滅者と」「呼んでいた」「ウンターゲーアーのヴェルトハイマーは、グレンからすると、いつも下(ウンター)に向かって歩んでいた。間断なく下に向かっていた」

 

 

たぶん、天才が天才であり続けるためには、自分の才能にどこまでも忠実でなければならないのだろう。だから天才は天才に生まれついたかのように見えるに決まっている。

グレンは最初からグレンであり、死ぬまでグレンのままだ。

 

逆に、ヴェルトハイマーが破滅するのは、ヴェルトハイマーが自分自身であることをやめてグレンになりたがったからだ。

 

「ヴェルトハイマーは、自分じしんを唯一これきりの存在と考えることができなかった。これは、絶望したくなければ、誰もができ、またしなくてはならないことだ。どんな人間であれ、唯一これきりの存在なのだ」

 

 

わたしたちは「グレン・グールド」になろうとするべきではないし、同様に「トーマス・ベルンハルト」になろうとするべきでもない。

そんなふうに望むこと自体、完全に間違っている。

 

 

 

August 13, 2001

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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