HG−05

 

『憐れみの処方箋』 エルヴェ・ギベール

菊地有子・訳、集英社、1,600円

 

L−006

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ぼくの命を救ってくれなかった友へ』に手紙をくれた方々へ。

ぼくは、一人一人の手紙に感動した」

 

冒頭の献辞で、HGはこう書いている。『ぼくの命』が憎しみについての書物だとしたら、これは感謝についての書物なのかもしれない。

 

たとえば行きつけのカフェでは愛想の悪いギャルソンが、つまずいて倒れたHGを即座に助け起こす。あるいはバスでたまたま乗り合わせた客が、「あなたは美しい」とHGに告げる。

こうしてそれまで誰もが意地悪に見えていた世界が、病によって一変する。

 

 

だが、その体調は最悪だ。

AZTでの治療は効果をあげず、体重が七十キロから五十二キロまで激減する。T4細胞の数は六十まで下がり、もはや一人でバスタブから立ち上がることもできない。その上、乱暴なファイバースコープ検査が追い討ちをかける。

もはや性的な快楽はおろか、食べることまで苦痛になり、残された快楽は眠ることだけだ。

 

「休息さえも悪夢になった。ぼくにはもう悪夢以外の体験はなにもできなくなった」

 

「いまではぼくはセックスをおそれている」

 

これではまるで、別の人間だ。

 

 

だが九十年七月十三日、新薬DDIと抗鬱剤プロザックを飲み始めたHGは、衰弱と憂鬱からよみがえり、また書くことができるようになる。

 

「ぼくがいちばん生き生きするのは、書いているときだ。ことばは美しい。ことばは正しい。ことばは勝ち誇る」

 

そこには『ぼくの命』で人間に絶望したHGの姿はもうない。

これは薬の魔法だろうか?

 

 

わたしは、人間の幸福感は相対的なものだ、と思う。

麻薬がもたらす幸福感は一過性で、それが切れれば前よりもっと不幸になる。対処療法薬がもたらす症状の緩和も一過性で、切れればもっとつらくなる。

逆に、一度これ以上ないほど最悪の体調になって、そこから少しでも浮かび上がれば、それだけで人は幸せになれる。少しだけ楽になれたらそれだけで、希望の光があふれているように感じる。

 

そして、なにもかもすべてを手に入れるよりも、手にしていないものの中から一つだけ、一番ほしいものを手に入れるほうが幸せになれる。

そんな気がする。

 

 

「ぼくは、いつも自分が大作家になるだろうと思っていた」

 

「そしてもう成功をのぞまなくなった時に、成功がやってきた。ぼくにとっては、それは遅すぎるものではなく、来るべき時にやってきて、闘病生活の支えになった」

 

 

たぶんHGが人生で一番望んでいたこと、それはかなえられたのだろう。だからHGは幸福だったのだ、どんなに闘病がつらくても……。

 

真昼の月よりも夜の月のほうが明るく見えるように、悲惨さの中のわずかな光は壮絶なまでに美しい。そういうことをこの本は、わたしに教えてくれている。

 

 

 

February 28, 2001

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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