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◆ 『運慶とバロックの巨匠たち』 田中英道・著

弓立社、3800円 

 
「仏像」についての本は大型書店に行くとあまたあるが、「運慶」についての本となると、数は限られている。その中でこの本はわたしが唯一書店で目にした一冊だった。筆者の田中英道(TH)はもともとイタリア美術の研究者。わたしも運慶より先にミケランジェロを見ていたので、きっとわかりやすいだろうと思って買ってみた。実際には運慶についてのパートは全体の40パーセントぐらいで、残りは湛慶・定慶などについやされている。なぜなら、この本の目的は、運慶とその同時代の芸術作品を洗い出し、その作者を見出すことにあるからだ。(おかげでこの本は慶派全体の名作ガイドブックとしてとても便利なものに仕上がっている。ただし、東大寺南大門仁王像と、快慶についての評価はかなり厳しいので、仁王像ファンと快慶ファンは読むと腹が立つと思う)

「彫る行為は一人の彫刻家であって、その固有な手は残るのであり、一個一個の作品の問題である。総合的に見る、などということは出来ないのだ」

とTHは言う。たしかに、ソムリエがラベルを見ずにワインの銘柄を当てるように、美術研究者は文献を見ずに作品を分類・評価できなけれければならない――とわたしも思う。
また、たとえ共同作業で作られたとしても、最終的な制作は一人の彫刻家の手によってなされたはずだ、という主張もうなずける。一人の天才の手によるのでなければ、像は一流の芸術の域には達しない。そうでなければ才能とは言えないだろう。ただの技術になってしまう。
しかしこの考えは現在の日本の仏像研究者には受け入れられないものなのだそうだ。
というわけでTHはこの本の中で相手にしてくれない学会に向かってひとりで主張を繰り返している。まるでシャドウ・ボクシングでもしているかののように。

ちなみに、THは同じテーマで天平時代を扱った『天平のミケランジェロ』という本も書いている。(こちらも天平美術のガイドブックとして便利)

July, 4, 2003 

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◆ 『運慶の挑戦』 上横手雅敬、松島健、根立研介・共著

文英堂、1800円 

 
これは奈良国立博物館内の書店で手に入れた本。
産経新聞紙上において往復書簡方式で連載された、上横手(政治史研究者)と松島(美術史研究者)の対論に、根立による解説を加え、さらに運慶を見にいくためのガイドと年表を付け加えたもの。この本があればここサイトはいらない……かも。

この対論でも焦点となっているのは「作者論」。政治史家の上横手にとっても「運慶=総合プロデューサー説」には違和感があるらしく、松島の主張に最後まで納得してはいない。ただし、文献研究者である上横手の観点では、作者として名前の書かれているものが作者なのではないかという主張となり、上記の田中英道とは正反対の結論に達していたりする。

「直接ノミを振るったと思われる者を作者と呼ばず、ノミを振るったかどうか疑わしい者を作者と呼んでいいのだろうか」

と上横手は問う。つまり、上横手によると北円堂無著像の作者は運助であり、世親像の作者は運賀――ということになる。

この対論を見ていてわたしが思うのは、「運慶とは何者か」という問いが現在進行形のものであり、しかも「芸術とは何か」というより大きな問いと直結している、ということだ。運慶とはどのような人物だったのか、何を考え、何を目指していたのか、どのように作品を制作し、どれほどの才能を持っていたのか……答えは誰も知らないし、たぶんたしかな証拠はどこにも残っていない。残っているのは作品だけだ。
だからこそこの問いはいまも有効なのかもしれない。どんな「運慶」をイメージするか――そのイメージはきっと、鏡のようにその人の芸術観、人間観、歴史観を映し出すだろう。

July, 4, 2003 

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