HG−11 |
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「童貞モーヴ」 エルヴェ・ギベール 野崎歓・訳 ユリイカ1995年11月臨時増刊号・ゲイ短編小説アンソロジー (青土社、1,300円)所収 |
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L−018 |
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モーヴの父親はモーヴの生まれる前、一つだけ壁画を描いていた。壁画、といっても自宅の壁にロシアの雑誌に載っていた絵画を写したもので、それも途中で挫折した未完成の絵にすぎない。そこに描かれた人物には顔がなく、海の青は絵の具がかすんでほとんど色を失っている。それでもモーヴはその絵にとりつかれる。 やがて父親は母親に撃ち殺される。 そしてモーヴもまた、突然殺されてしまう。 モーヴをめぐる物語は、壁画と同じく未完成のままにされている。白い下地が残ったり、顔の造作が省略されたまま、それはわたしたちの目にさらされている。殺害されることで一応の結末がつけられているものの、それがすべての終わり、と感じさせるわけでもない。 前半のエピソードと後半のエピソードは、それがモーヴの身に起こったことだということをのぞけばほとんど無関係だと言っていい。前半にあるのはモーヴをめぐるエピソードの断片に過ぎないし、後半に語られるモーヴとその両親の物語の展開は速すぎて、ほとんどあらすじのように集約されてしまっている。 余計な説明など何もない、削ぎ落とされた世界。残された多くの余白。そういうもののすべてが、強固な美意識に貫かれている。 前半の断片的につづられるエピソードのあいだにも、モーヴの性的な記憶であるということ以外にはほとんど共通点がない。欲望が男性に向かっているのか女性に向かっているのかもはっきりしないし、すべてはその場に放置され、次々に新しいエピソードに移っていく。 そしてやがてそのエピソードは、それが現実である、という前提まで失ってしまう。 「エピソードからエピソードへと、彼はより若くなっていく」 「次のエピソードにあるとおり、彼はこのときから何週間も前に、すでに命を奪われていたのだが、夜になるとモーヴは、作者自身と同じ顔だちをして、作者の夢に出没するのである」 これは、HGの空想や夢を書きつづったメモなのだろうか? 気がつくとHGとモーヴの区別がつかなくなる。 「今彼は夢を見ながら、この物語を語るためのプランを立てている。朝の五時、睡眠薬の力を借りた(脇腹の疼痛、むずがゆさを忘れるために)寝苦しい眠りから覚めかけているものの、起きたところで書くには寒すぎるだろう。物語のさまざまな要素は次のもっとつまらない夢の中に紛れ込み、消えてしまう。物語は失われる」 一貫性を持つ強固な物語を打ち立てようとすることで失われてしまうもの、この作品はそれをめざしているのかもしれない。 July 12, 2001 |
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